【内視鏡の歴史】世界で初めて胃カメラを飲んだのは「剣飲みの芸人」だった!?

「胃カメラは苦しそう」「昔つらい思いをしたから怖い」…そんなイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか?しかし、現在の内視鏡検査は、驚くべき歴史を経て劇的な進化を遂げています。

今回は、内視鏡のルーツにまつわる「剣飲み芸人」の驚きの物語と、現代の最新技術についてご紹介します。

■ 150年前、胃カメラは「曲がらない鉄の棒」だった

内視鏡の歴史が大きく動いたのは1868年のこと。ドイツの医師ア道フ・クスマウルは、「胃の中を直接見て病気を見つけたい」という情熱から、世界初の胃鏡(硬性鏡)を考案しました。

しかし、当時の技術で作られたのは、レンズを仕込んだ長さ47cm・太さ1.3cmもある「真っ直ぐな真鍮(しんちゅう)の管」。今のようにしなやかに曲がることは一切ない、文字通りの「鉄の棒」でした。

■ なぜ「剣飲み芸人」が世界初の被験者になったのか?

想像してみてください。曲がらない鉄の棒を喉から胃まで通すのです。

通常、人間には喉に異物が入ると「おえっ」となる嘔吐反射があるため、この棒を飲み込むことは到底不可能に思われました。

そこでクスマウル医師が白羽の矢を立てたのが、大道芸として活躍していた**「剣飲み芸人」**でした。

彼は特殊な訓練によって、

  • 喉の激しい反射(嘔吐反射)を抑え込むことができた
  • 体を限界まで反らせて、食道を一直線に保つことができた

まさに、当時の「曲がらないカメラ」を飲み込める唯一のプロフェッショナルだったのです。この芸人の協力のおかげで、人類は初めて生きた人間の胃の中を観察することに成功しました。
とはいえ、現代のように鮮明に見えたわけではありません。当時は電球すらなく、外の光を鏡で反射させて暗い管の中を覗き込んでいたため、**「胃の粘膜がうっすら確認できた」**というレベルの、ほんの一歩に過ぎませんでした。
しかし、「生身の胃の中を覗く」というこの小さな一歩が、その後の胃カメラ開発(1950年の日本でのカメラ開発など)へと繋がる大きな希望となったのです。

■ 「芸人の技術」から「眠っている間の検査」へ

それから約150年。内視鏡技術は日本企業の貢献もあり、劇的な進化を遂げました。

  1. 「硬い管」から「しなやかなスコープ」へ 現在は細く柔らかい素材になり、喉や鼻への負担が最小限に抑えられています。
  2. 「覗き窓」から「高精細」へ 高画質や特殊光(NBIなど)により、早期がんの微細な変化も見逃しません。
  3. 「気合」から「鎮静剤によるリラックス検査」へ 現代では、剣飲みの技術は必要ありません。当院では鎮静剤(静脈麻酔)を使用し、「うとうと眠っている間」に終わる検査が主流です。

町田で苦痛の少ない胃カメラ検査をお探しの方へ

「胃カメラが怖い」という不安は、過去の「硬い・太い」時代のイメージから来ているかもしれません。しかし現代では、先人の情熱と最新テクノロジーにより、非常に安全で楽な検査が可能になっています。

胃がんや食道がんは、早期発見・早期治療が何より大切です。

「胃がもたれる」「胸焼けがする」「ピロリ菌が心配」など、どんな些細なことでも構いません。

町田駅近くで胃カメラ・大腸カメラをお探しなら、町田駅徒歩圏内の当院では、内視鏡専門医が最新の機器を用い、患者様一人ひとりに合わせた丁寧な検査を実施しています。お腹のSOSを放置せず、どうぞお気軽にご相談ください。

大腸内視鏡