「カレーや煮込み料理は、2日目がおいしい」とよく言われます。
しかし、作ったカレーやシチューを鍋のまま長時間室温に置いておくと、思わぬ食中毒の原因になることがあります。
その代表が、**ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)(ウェルシュ菌とも呼ばれます)**による食中毒です。
ウエルシュ菌は自然界に広く存在する細菌で、特にカレー、シチュー、煮物などの大量調理された料理を、加熱後に室温でゆっくり冷ました場合に食中毒の原因となることが知られています。厚生労働省も、ウエルシュ菌食中毒は「1件あたりの患者数が多く、大規模発生になることがある」と説明しています。
今回は、厚生労働省の食中毒統計も紹介しながら、ウエルシュ菌食中毒の仕組みと予防法について解説します。
1.「一度に多くの患者」が出やすい
厚生労働省の食中毒統計を見ると、ウエルシュ菌食中毒には、1つの事件から多数の患者が発生しやすいという特徴があります。
2025年(令和7年・確定値)
- 発生件数:33件
- 患者数:1,260人
- 1事件あたり平均:約38.2人
同じ2025年のカンピロバクター食中毒は220件・1,226人でした。
つまり、ウエルシュ菌はカンピロバクターと比べると、発生件数は少ない一方、1事件あたりの患者数が多いことがわかります。
2026年(令和8年・8月3日時点速報値)
厚生労働省の「令和8年食中毒発生事例(速報:8月3日まで)」に記載されたウエルシュ菌の事例を集計すると、
- 発生件数:12件
- 摂食者数:664人
- 患者数:334人
- 死者数:0人
- 1事件あたり平均患者数:約27.8人
- 最大患者数:60人
となっています。
なお、**664人は「患者数」ではなく「摂食者数」**です。
最大の事例では、摂食者114人に対して患者60人でした。
また、発生施設には飲食店、老人ホームの給食施設、仕出屋、製造所、寄宿舎などが含まれており、大量調理を行う施設で特に注意が必要な食中毒であることがわかります。
※2026年の数値は速報値であり、今後変更される可能性があります。
2.ウエルシュ菌は、どこにいる細菌?
ウエルシュ菌は、正式にはClostridium perfringensと呼ばれます。
グラム陽性桿菌で、人や動物の腸管、土壌、水など自然界に広く分布しています。特に食肉などから検出されることがあります。
そのため、食品へのウエルシュ菌の混入を完全になくすことは困難です。
重要なのは、「菌を食品から完全に取り除く」ことより、「増殖させない」ことです。
3.なぜ「加熱した料理」でも食中毒が起こるのか?
ウエルシュ菌の大きな特徴の一つが、芽胞(がほう)を形成することです。
芽胞は非常に熱に強く、通常の加熱調理では完全に死滅しないことがあります。
そのため、大量の料理を加熱しても、ウエルシュ菌の芽胞が生き残る可能性があります。
つまり、
「カレーを一度しっかり煮込んだから、ウエルシュ菌の心配はない」
とは言い切れません。
問題になるのは、むしろ加熱した後の保存方法です。

ウエルシュ菌(桿菌)は、栄養がなくなるなど環境が悪化すると、熱に非常に強い殻「芽胞(がほう)」を体内に作ります。
芽胞が完成すると、元の菌(母細胞)の体は分解されて消え、殻だけの状態になった芽胞が環境へ放出されます。
この殻が100℃の加熱にも耐え、カレーが冷めた後に再び菌(桿菌)に戻って増殖し、食中毒の原因となります。
4.なぜ「大きな鍋のカレー」が問題になるのか?
ウエルシュ菌は、酸素のない環境を好む偏性嫌気性菌です。
カレーやシチューなどを大きな鍋で大量に調理すると、食品の中心部は酸素が少ない状態になりやすくなります。
さらに、大きな鍋のまま冷ますと、中心部分の温度がなかなか下がりません。
このような状態で、細菌が増殖しやすい温度まで料理の温度が下がると、残存した芽胞から菌が発芽し、増殖することがあります。
厚生労働省や農林水産省も、カレー、シチューなどを加熱後に室温で冷まして放置した食品がウエルシュ菌食中毒の原因になりやすいと説明しています。
5.ウエルシュ菌は、どのように食中毒を起こすのか?
ウエルシュ菌食中毒では、食品中で増殖したウエルシュ菌を摂取することが重要です。
① 食品中でウエルシュ菌が増殖
加熱後の料理を室温で長時間放置すると、残存した芽胞から菌が発芽・増殖することがあります。
② 増殖した菌を食品とともに摂取
大量に増殖したウエルシュ菌を食品とともに摂取します。
③ 腸管内でエンテロトキシンが産生される
摂取されたウエルシュ菌は腸管内で芽胞を形成する過程で、**エンテロトキシン(腸管毒素)**を産生します。
この毒素が腸管に作用することで、下痢や腹痛などの症状が起こります。
この点は、食品中ですでに作られた毒素を摂取して発症するタイプの食中毒とは異なります。
6.見た目や臭いだけでは判断できない
ウエルシュ菌が増殖していても、食品の見た目や味、においに明らかな変化がみられない場合があります。
そのため、
「臭くないから大丈夫」
「見た目は普通だから大丈夫」
とは判断できません。
作った料理を安全に保存するためには、見た目や臭いではなく、適切な温度管理と保存方法が重要です。
7.どんな症状が出る?
ウエルシュ菌食中毒の主な症状は、
- 腹痛
- 下痢
です。
潜伏期間は**6~18時間(平均10時間)**とされています。発熱や嘔吐は比較的少ないのが特徴です。
多くの場合は比較的軽症ですが、下痢が続く場合には脱水に注意が必要です。
特に高齢者などでは、脱水によって状態が悪化する可能性があります。
8.ボツリヌス菌とは何が違う?
ウエルシュ菌とボツリヌス菌は、どちらもクロストリジウム属の芽胞を形成する嫌気性菌ですが、起こす食中毒は大きく異なります。
| ウエルシュ菌 | ボツリヌス菌 | |
|---|---|---|
| 主な毒素 | エンテロトキシン | ボツリヌス毒素 |
| 主な症状 | 腹痛、下痢 | 複視、眼瞼下垂、嚥下障害、筋力低下など |
| 主な問題となる食品 | カレー、シチュー、煮物などの大量調理食品 | はちみつ(1歳未満の乳児ボツリヌス症)、自家製缶詰・瓶詰、真空パック食品など |
| 芽胞(耐熱性) | 100℃で1~3時間の加熱にも耐える | 非常に耐熱性が高く、120℃・4分以上の加熱または同等の殺菌が必要 |
| 食中毒の特徴 | 腹部症状が中心 | 神経症状が中心 |
| 注意すべき対象・対策 | 調理後は常温放置せず、小分けにして急速冷却する | 1歳未満の乳児にはちみつを与えない。自家製の缶詰・瓶詰など、密封・低酸性食品には注意する |
したがって、
「煮込み料理の作り置きで問題になる細菌=ボツリヌス菌」
と考えるのは適切ではありません。
カレーやシチューなどの大量調理食品では、ウエルシュ菌食中毒が代表的な問題の一つです。
9.家庭でできるウエルシュ菌食中毒の予防
ポイントは、**「菌を増やさないこと」**です。

① 大量に作った料理を鍋のまま放置しない
大きな鍋のまま室温でゆっくり冷ますと、料理の中心部が長時間、細菌が増殖しやすい状態になる可能性があります。
作った料理を保存する場合は、できるだけ速やかに冷却することが重要です。
② 小分けして、速やかに冷やす
カレーやシチューなどを保存する場合は、鍋のままではなく、浅い容器などに小分けして冷却すると、より速く温度を下げることができます。
農林水産省が実際にカレーを用いて行った実験でも、鍋のまま冷却するより、小分けして冷却する方が速く冷えることが確認されています。
冷蔵保存する場合は、10℃以下を目安にしましょう。
③ 食べるときは十分に再加熱する
冷蔵保存した料理を食べる際には、全体を十分に加熱することが大切です。
鍋底からよくかき混ぜ、全体を均一に加熱しましょう。
ただし、
「再加熱すれば、どのような保存状態でも安全になる」わけではありません。
ウエルシュ菌の芽胞は熱に強いため、再加熱だけに頼るのではなく、そもそも保存中に菌を増殖させないことが重要です。厚生労働省も、保存時には菌の増殖を防ぎ、再加熱する場合には十分に加熱して早めに食べるよう案内しています。
④ 長時間室温に置いた料理は食べない
「一晩くらいなら大丈夫」
「臭くないから大丈夫」
と考えず、長時間室温に置いてしまった料理は食べないことをおすすめします。
10.「2日目のカレー」が悪いわけではありません
ここは、この記事で最も伝えたいポイントです。
「2日目だから危険」なのではありません。
問題なのは、
「保存中にウエルシュ菌が増殖する条件を作ってしまうこと」
です。
調理後に速やかに冷却し、適切に冷蔵保存する。
食べるときには十分に再加熱する。
こうした基本的な食品衛生を守ることが重要です。
まとめ
ウエルシュ菌は、人や動物の腸管、土壌、水など自然界に広く存在する細菌です。
熱に強い芽胞を形成すること、酸素の少ない環境を好むことが大きな特徴です。
そのため、カレーやシチューなどを大量に調理した後、鍋のまま室温でゆっくり冷ますと、ウエルシュ菌が増殖して食中毒につながることがあります。
覚えておきたいポイントは、
- 大量の料理を鍋のまま室温に放置しない
- 保存するときは小分けして速やかに冷却する
- 冷蔵保存は10℃以下を目安にする
- 食べるときは全体を十分に再加熱する
- 長時間室温に置いた料理は食べない
ということです。
「2日目のカレー」が問題なのではありません。
「ゆっくり冷ましたカレー」が問題なのです。
身近な料理だからこそ、正しい保存方法を知っておくことが、ウエルシュ菌食中毒の予防につながります。
参考資料
- 厚生労働省「令和8年食中毒発生事例(速報:令和8年8月3日まで)」「令和7年(2025年)食中毒発生状況」
