かつて日本を揺るがした「脚気(かっけ)」という病気をテーマに、歴史的な論争と、現代にも通じる教訓を考察します。
1. 「江戸患い」と恐れられた脚気の正体
脚気はビタミンB1欠乏による神経・心臓障害です。手足のしびれ、歩行困難、動悸息切れ、浮腫をみとめ、重症化した場合、ウェルニッケ脳症(意識障害、眼球運動異常、歩行失調)、コルサコフ症候群(記憶障害、作話、失見当識)、心不全による死亡リスクがあります。
江戸時代、元禄期以降の都市部での白米常食化により「白米」を食べる習慣が広がったことで、ビタミンB1を豊富に含む米ぬかが捨てられ、この病が蔓延しました。
特に興味深いのは、当時の「参勤交代」にまつわる現象です。地方から江戸にやってきた大名や武士たちが、江戸で白米中心の贅沢な食事を続けるうちに、足元がふらつき、寝込んでしまう。ところが、故郷に帰ると不思議と快復することから、当時は「江戸の土が合わないのだ」と信じられ、「江戸患い」という名がつきました。
この「謎の病」に対し、当時の江戸っ子たちが経験的に編み出したのが、実は「そば」を食べる習慣でした。 白米にはほとんど含まれないビタミンB1が、そば粉には豊富に含まれています。江戸っ子が「二八そば」を好んだ背景には、単なる嗜好だけでなく、無意識のうちに体を守ろうとする生存本能があったのかもしれません。他にも、小豆(あずき)を一緒に炊き込んだり、玄米に近い食事を摂っていた地方では脚気が見られなかった事実は、現代の私たちに「精製されすぎた食品への警鐘」を鳴らしているようにも感じられます。

2. 歴史の「誤解」:森林太郎(森鴎外)は本当に戦犯だったのか?
日露戦争における陸軍の脚気患者、死者内訳
戦死・戦傷死: 約5万8,000人 〜 6万人
病死: 約3万7,000人
脚気による死者:約2万7,800人(病死者の約75%)
脚気患者 25万人
海軍の 脚気患者 87人 / 脚気による死者 3人
海軍がほぼ「ゼロ」に抑え込んでいた一方で、陸軍ではこれほどまでの惨劇が起きていました。
後の医学史において、この悲劇の責任はしばしば、文豪としても知られる森林太郎(森鴎外)個人に帰せられてきました。
しかし、近年の研究では、この「森林太郎(森鴎外)=悪玉説」は見直されています。
- 組織の判断と個人の責任: 確かに、日露戦争に先立つ1895年の台湾平定作戦において、鴎外は台湾総督府陸軍局軍医部長という「現場のトップ」の立場にありました。この時、彼は「白米」に固執して麦飯導入を拒み、わずか10ヶ月で死者2,000名を超える凄惨な脚気惨害を招いた責任を問われ、事実上左遷・転勤(小倉)されています。この「影」の部分は否定できない事実です。
しかし、その後の日露戦争においては、陸軍軍医のトップ(医務局長)は小池正直であり、森林太郎(森鴎外)(第二軍軍医部長)は、陸軍全体の兵食を決める権限を持たない、一現場の責任者に過ぎませんでした。 - 時代の限界:当時は細菌学が医学の最先端でした。 1910年に鈴木梅太郎がアベリ酸(オリザニン)を発見するまで、栄養欠乏が原因であると化学的に証明された例はなく、多くの研究者が細菌説を支持していました。
- 実は、海軍の高木兼寛は原因を『タンパク質の不足』だと誤解しており、麦飯によって図らずもビタミンB1が補給されたのは、幸福な偶然だったのです。対する森林太郎ら陸軍側は、その理論的な誤りを鋭く突きすぎたあまり、目の前の『麦飯で治る』という臨床的事実を切り捨ててしまったのです。
- 兵士の士気: 当時の兵士にとって「白いご飯」は憧れの御馳走であり、麦を混ぜることへの抵抗感という現場の事情もありました。
3.誰が「戦犯説」を広めたのか:板倉氏と吉村氏の影響
この俗説が広まったのは、1988年に科学史家・板倉聖宣氏が著書『模倣の時代』(仮説社)で、事実より理論を優先した科学者の象徴として森林太郎(森鴎外)を批判したことが発端です。以後、1991年の吉村昭氏による小説『白い航跡』(講談社)で、海軍との対比がドラマチックに描かれたことで一般に広く浸透しました。
近年は医学史家・山下政三氏らの緻密な研究(参考:『鴎外森林太郎と脚気紛争』日本評論社)により、個人の責任としての過大評価が是正され、当時の医学的・組織的な限界であったことが指摘されています。
山下氏の成果を踏まえ、森鴎外研究の第一人者である小堀桂一郎氏や、医学史家の長谷川潤氏らが、鴎外が「組織の限界(石黒忠悳の影響)」や「時代の限界(細菌学への固執)」の中で葛藤していた、多面的な人物であったことを明らかにしています。
医学の進歩は、多くの先人たちの試行錯誤の上に成り立っています。かつての『脚気論争』が教えてくれるのは、理論に縛られすぎず、常に目の前の患者様の『事実』に謙虚に向き合うことの大切さです。
4. 現代にも潜む「ビタミンB1欠乏」の罠
脚気は過去の病気ではありません。現代でも、以下のようなケースでビタミンB1欠乏は起こり得ます。
- 偏食・飲酒過多: アルコール分解には大量のビタミンB1を消費します。
- 重症のつわり(妊娠悪阻): 激しい嘔吐で食事が摂れない中、エネルギー補給の点滴を受けると、糖質の代謝にビタミンB1が使われ、体内の貯蔵が枯渇してしまいます。
- 消化管手術後: 吸収効率が落ちることで欠乏症を招くことがあります。
特に注意が必要なのが、意識障害や歩行障害を伴う「ウェルニッケ脳症」です。早期のビタミンB1補給で回復可能ですが、対応が遅れると深刻な後遺症を残す恐れがあります。
結びに:バランスの良い食事と早期相談を
「お腹の調子が悪い」「食事が十分に摂れない」といった症状は、単なる栄養不足だけでなく、全身の神経症状に繋がるリスクを孕んでいます。
玄米や豚肉、魚、野菜など、ビタミンB1を意識した食事を心がけるとともに、体調に不安がある場合は、早めに消化器内科や産婦人科を受診してください。歴史の教訓を活かし、皆様の健康をサポートしてまいります。
